2008年05月31日

月曜日はテスト

なので現実逃避に日記を書きます。ちなみに消化器(胃とか小腸、肝・胆・膵臓などね)のテストです。

先日、なぜか大学学生相談室の講演で精神分析家の北山修先生が講師だったので拝聴してきました。
医学部のキャンパスには心理学科はないし、精神分析について予備知識があまりないと思われる人たちに対してどんなことを話すのだろうと興味深く思っていたら、精神分析入門みたいな話をしていましたw
もちろん噛み砕いて話していたので「転移」などの言葉はでませんでしたが。まわりの様子を見ていると分析的視点にピンとこない、合わない人たちもいたみたいだけど(そりゃそうだ)、北山先生は噛み砕いて話すのが上手ですね。普通の言葉で語るということの実例を見たような気がします。

分析のことは少しわきに置いて。
講演の後の質問タイムで「学生や職員が生き生きするために何かアドバイスを」という質問がいくつも出て、それに対する返答が「自分がまずは生き生きすること」というものだったんですが。
ようは、生き生きしている人を見てああいう人になりたいと周りの人が感じたら生き生きするようになりますよ、ということです。
自分がモデルになりなさいということですが、確かに生き生きしていない人に「生き生きしようよ」、と言われてもねぇ。。。
みんな他人を変えたがるのね、とちょっと思ってしまいました。
最終的に先生は「生き方を聞きたいんですねw」と本質的な返答。

そう話す北山先生はとても生き生きしていましたw「心理のことを考えているのが一番楽しいし生き生きする」ともおっしゃていたし。
なんだかんだで自分が出会う先生方は生き生きしている方が多いですね。確かにああいう風に生きるのは楽しそうだと思います。



しかし、翻って自分の生活を見てみるとあんまり生き生きしてねぇ。。。
先生は医者は文化人である方がいいし、医者でなくても生きられるような人であった方がいいとおっしゃっていました。
ようは専門バカになるなと受け取りましたが、今のテストテストの生活を考えると確実に医学バカになるような気がします。
今いきなり医学部を退学したとしてどのように生きられるもんだろうか。。。

本当はもっと小説読んだり、舞台観たり、絵を観たり、遊んだりしたいんだけどなぁ。
なんか自分の中の情緒的なものをつかむ力というか感性が落ちてきているような気がして、実は危機感を持っています。
現実的な側面や現実的な言葉ばかりに捕われているみたいで。
少し前に昔の日記を読み返したのだけれど、あの文章をいま書けるかと言われれば書けない。
多分に恥ずかしく青臭い自己開示の文章が含まれているけれど、あの言葉を選び取るセンスが少なくとも今はないと思う。
ちょっと昔の自分に嫉妬w

おおいに医学部に来たことが影響していると思います。
まぁいまさら言っても仕方ないので、ようは時間の使い方で、もっと効率的に勉強して創造的な時間を産み出せるようにするのが解決方法ですね。
映画は週一で観てるんですけどね、レビューは進まない。このレビューの進まなさにもつかみとる感性の鈍りを感じるのだけれど。まぁ、いずれ。

最後は半分愚痴くさい長文になりましたw
土日はけっきょく勉強だなぁ、誰か暗記術を教えて下さい。
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2008年05月17日

タイムリーな話題

双子の少女の片方がもう片方の胃袋の中で発見される
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=489824&media_id=49

これは奇形種という病気ですね。
月曜のテスト範囲なのでタイムリーな話題です。
知っている人は知っていると思うけど、この奇形種ってブラックジャックのピノコのことなんですよね。
奇形種は人間の体の成分をそのまま含んでいるから、それを再構成したのがピノコ。
実際にはそんなことできませんが。

不思議なのは胃袋で消化されずに存在できていたこと。
奇形種は普通は胸の中にできるんです、心臓の上くらいの位置に。
上手い具合に周囲が石灰化でもしてたのかなー。

ちょっと生命の神秘とかを感じさせる話ですが、この奇形種が胎児の形を保てていたからだと思います。
普通の奇形種はいろいろな臓器がぐっちゃになっててグロすぎて患者さんに見せられないそうで。
たぶんこれも少女や家族になんて見せてないと思うけど。
ブラックジャックを知っている人は取り出した時のピノコの状態を想像して下さい。

あー、勉強せんと。
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2008年05月16日

特発性PC不全

うちのパソコンが壊れやがりました。
しかも中途半端に。

データはまったく消えていません。
通常通りに動きます。
ネットも快適です。
DVDを観ることだってできます。

ただ・・・
































音楽CDが読み込めないんです(泣)
せっかく新しいCD買ったのにiTunesに入れられない、iPodに入れられない。
DVDは観れるのになぜだー?

他はまったく正常だから修理に出すかどうか考えものです。
下手にデータ消えたら嫌だし。というかPCがない生活は考えられない。
外付けのドライブを買おうかしら?
修理に出すよりも安いような気がする。。。

どなたかいい知恵があったらお貸し下さいm(_ _)m
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2008年05月11日

近況などなど

日記書くのも久しぶりです。近況を書き連ねたいと思います。

GW
遊んでいました。ビリヤードやったり国立新美術館のモディリアーニ展に行ったり映画に影響されてチョコレートを作ってみたり。
モディリアーニ展がおもしろかったです。モディリアーニの独特な画風はけっこう好きなのだけれど、その画風の変遷の過程を時系列で追う展示で楽しめました。途中に裸婦ばっかり書いたスケッチもあるんですけど、それは裸婦を描くスクールに通っていたからだろうとわかったり。あの特徴的な目や輪郭などはアフリカなどの芸術から影響を受けているんだとわかったり。実は彫刻家になりたかったのだとわかったり。モディリアーニの人となりがわかるようでおもしろかった。
アフリカからの影響を受けたカリアティッドという丸まるとした女性像があったのだけれど、発掘された土偶みたいで印象的だった。

GW明け
初日にテスト。神経系のmajorな疾患はわかるようになりました。風邪の数週間後に手足の先がだるいなー、と思ったら注意して下さい。ギラン・バレー症候群かもしれません。
さらに再来週には循環器と呼吸器のテスト。今度はさらにmajorな病気がわかるようになるかと思います。抜歯などをした後に発熱が治まらなかったら注意して下さい。感染性の心内膜炎かもしれません。入院治療が必要です。最悪、脳梗塞になります。
あとタバコは吸わない方がいいですよー。肺がんとかになる以前に慢性のCO中毒になります。慢性の貧血のようなもので、自分の力をfullに発揮できないそうです。アメリカで喫煙者が管理職につけない理由はこれなんだとか(病気になるのは個人の問題だから)。あと保険会社は喫煙者を見つける検査を必死に開発中だとも。リスクのある人にお金を無駄に払いたくないだろうからね。

あとはひょんなことからある高名な先生の個人的な勉強会に参加できることになりました。不思議な縁というのは本当にあるものだと思います。とても濃密な時間を過ごせるので勉強になります。しかも今後さらに他の有名な先生と一緒に勉強会をするそうで、そっちにもワクワクドキドキしてます。

あと友人の女性(医学部)に赤ちゃんができたとのこと。特に周りの女性の友人を見て思うけど、自分のキャリアプランを真剣に考えている人とそうでない人がいると感じる。入学してから10 or 11年間は自分が学生と研修医をしているという具体的なキャリアがわかるし、35歳までが一応リスク低く出産できる。何年生、あるいは研修医何年目で産むと具体的&計画的な人が多い。普通は10年間のキャリアなんてわからないから、そこまで計画できない or 計画倒れになると思うけど、なんとも特殊な感じがします。みんな現場復帰のことまで考えないと高い学費も無駄になっちゃうからね。
4年時に産むのもすごいと思うけど。6年時の方がぜったい楽だろう。
その点では男の方が考えることが少なくて楽だなーと思います。何歳になっても作ろうと思えば作れるし。

そんなところですかねー。ひとまず今度のテストを乗り切ることが目標です。
それでは。
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2008年04月22日

死と愛着と

雑記です。

死について。
新聞を読んでたら、日本は癌の死亡率を20%下げるという目標を立てているそうです。
こう言われると私は違和感を感じてしまう。
癌の死亡率を下げても、その代わりに全体の死亡率は下がらない。
ある病気の死亡率を下げたって本当の死亡率は常に100%だから。
人間は必ず死んでしまうものだから。
確かに若くして、とか50、60で癌で亡くなるという人たちに対して適切な医療行為をして生存率を延ばすっていうのはとても意味のある、必要なことだと思う。
でも、個人的には80、90の人に対して癌の死亡率を下げることにどれだけの意味があるのだろうかとも思ってしまう。
先にも書きましたが、最終的に人は死んでしまうものだから。

他の記事である大学の先生が言っていたことに、かつては大往生で亡くなっていっていたケースが医療の進歩によって一命を取り留めつつ、でも体は全然不自由で懸命にリハビリするけど、結局もとにはもどらない、みたいなものを読んだ。
確かこの話はそういう人の治療もあって救急がパンクしている関連の記事だったと思うけど。
生きたいって願う人に治療をすることは大事だけど、医師にはやっぱり死を看取るということにも真剣に向き合う必要があるんじゃないだろうか。
もしくは個人個人が自分らしい死に方を考えておく必要があるんじゃないだろうか。

医学部に編入する直前に、友人に「どんな時でも人間必ず死ぬんだよ」ということを言ったら医学部に行く人のセリフじゃないと笑われた。
でも同時にむしろそういう人に診てもらいたいとも言われた。
やっぱり医師という死と密接している職業だからこそ、本質的に死に向き合う必要があると思う。
だって死を否定してしまったら、残念ながら死が運命づけられた人さえ否定してしまうじゃないですか。

個人的には80くらいまで生きられたら、あとは心筋梗塞が来ようが脳卒中が来ようが救急車も呼ばずに死にたい。
だってもしかしたら自分が呼ばなかったら他のもっと若い人が救急車で運ばれて救われるかもしれない。
自分の孫が成人する場面を見られたり、もしくは結婚する場面まで見られたりしたら(晩婚化しているから際どいけど)文句なく逝ける。
文句なく死ねるような人生をそれまでに送っておきたい。
我が人生に一片の悔いなしと叫んで死にたい。

若干暗いですけど、医師家系の性なのか実家に帰れば両親とどういう風に死にたいかという話はよくします。
だいたい結論はある程度生きてポックリ死にたいに落ち着きます。
やっぱり死がある意味で身近すぎる職業なんでしょう。


別の話題、愛着について。
以前の日記でマクロな視点で学童期の子どもたちに対して心理的な援助をしたいという話を書きました。
でも、幼児の愛着のビデオを観て考えが揺らぎました。
愛着が障害されている子どもたちの姿を観て、予後がかなり悪く、ある一定の年齢で愛着パターンは固定されるという話を聞いて学童期の援助でも遅いんじゃないかとも思ってしまい。
もちろんそのような予後の悪い子どもたちは一部で、広く援助をするなら学童期で十分に効果があるとも思いますけど。
一番効果的なのはもしかしたら妊婦さんへの心理的援助なのかもしれない。
でも最近の飛び込み出産をするような妊婦にそんな援助は不可能なのだろうな。
そしてたぶんそういう妊婦ほど赤ちゃんといい愛着関係が築けないような印象がある。

深刻な虐待が子どもに与える傷は本当に深い。
虐待をなくしたい、子どもらしくいられない子どもをなくしたい。

たぶん自分は虐待のケースを家族ぐるみで診ることはなかなかできなさそう。
両親自身も大変であることは知的に理解できるけど、怒りや憎しみを向けてしまいそうで。
家族と被虐待児の再統合にまで関わっている先生をすごいと思った。


上記のビデオで、愛着がおかしい乳幼児が不思議な奇妙な行動をしているのを観て笑っている人もいたんだけど(確かに笑えると言えば笑える奇妙さだったけれども)、笑えなかったな。
だってその乳幼児は苦痛の中で、苦痛な関係の結果として奇妙な行動をしてるんですもの。
むしろ、やりきれなかった。
posted by hiro at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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