2006年09月26日

A2Z

A2Z


久しぶりに読み返してみました。
最初に読んだのは大学1年のときかな。その時読んだ感想は大人も恋愛に関してはあんまり変わらないものだなぁということと私もこんな風に恋愛のドキドキを感じて友達とばかみたいに騒ぎたいなぁということ。
今回読み返してみたけど、あんまり感想に変化はなし。つまり自分自身成長してないw。それでも以前よりも登場人物の感情の変化や言葉の意味などに敏感になった気がする。その点は近付いているのかな。

読んでいて思うのだけれど、山田詠美はすごいね。恋愛小説なら江國香織も私は好きです。ただね、江國香織の小説はもっと客観的な感じがする。もっと遠めから静かに感情の変化や起伏が描かれていて、だからこそ乱暴で激しく危険な恋愛小説という印象。それに対して山田詠美はもっと登場人物に密着して描いていてこころの描き方が直接的。そこにはスリルも混じっているけれども、それ以上に恋愛における楽しみを慈しんでいるような感じがする。人生も恋愛も捨てたものではないという希望的な観測を抱かせてくれる。
江國香織は日常に潜む恋愛の危険な罠を静かに描く。だからこそ、江國香織は人を信じること、恋愛をすることは蛮勇だろうと書き、それでも恋愛に対して躊躇わない人々を描き出す。山田詠美は、今公開している映画ではないけど、恋愛を(シュガー&)スパイスに捉えているんじゃなかろうか。スパイスなんて入れなくったって構わない、でも入れればそれだけで香しい香りや複雑で魅惑的な味を引き出してくれる。だから、恋愛は人生におけるスパイス。なくても楽しんでいける、でも含めた方がもっと複雑でおいしい人生を味わえる。
特にこの小説はその感覚を強く有しているように思う。編集者の夫婦がお互いに恋人を作って、夫・妻と恋人の間で揺れ動く。別にそんな恋人なんていなくったって夫婦でそのままやっていけそうな二人なのだけれど、恋人と過ごす時間はそれまでの足りないものを埋めるような魅力を持っている。その楽しみは永遠に続く保証などなく、慈しむべきもの。最後まで読むと本当にスパイスのよう。
最近どうもとてつもなく日常がつまらないのだけれど、それは恋も愛もしてないからかもしれません。


ところで小説中に出てくる下の文章にとても共感してしまった。きっと私も職人気質なのでしょう。
「心の中の作業所factory。私には、それがある。恋にうつつを抜かそうが、悲しみにうちひしがれようが、そこは、私に明かりを灯されるのを待っている。そして、ひとたび外の空気を吹き込んでやれば、すべてのパーツが作動する。あまりにも原始的な空間。だからこそ、誰も立ち寄らない。誰も立ち寄れない。そこでくり返される手作業は、職人の孤独を呼び寄せる。私は、そこで生かされている。そんなふうに思う。そういう場所を隠し持っていることが、幸福なのか不幸なのかは解らないけれども。」
posted by hiro at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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