2006年10月09日

裏庭

裏庭


家守綺譚を読んだこともあって、梨木果歩の裏庭を読み返してみました。

前回は人に勧められて読んだのだけれど、それなりに面白いなと思ったと同時に意味の分からなさというか、ある種の退屈さも感じました。
おそらくその退屈さはこの本の梨木さんは冗長的であることと、前半の物語の進み方がとてもゆっくりとしていることも影響していると思います。
アェルミュラあたりから物語が加速度的におもしろくなって離れられなくなるけれど。

今回も前半はどうしても集中できなかったけれど中盤からもう考えさせられることが多くて、読み返して本当に良かったと思います。
心理療法に通じるもの、というよりもある種の人間観と言えるものがそこかしこに出てくるのだけれど、それがとても心身に深く行き渡るように私に澄み渡りました。
本の主題は女の子の成長なのだけれど、その成長は思春期を通り過ぎていく成長というよりも、もっと深く大きい人間的な成長だと思います。
だから女の子の思春期心性も出てくるけれども、別に女の子でなく、男性女性問わず成人していてもこの本からは自分が成長するために価値あるものが得られるんではないでしょうか。

「傷を恐れるな」「傷に支配されるな」「傷は育てていかねばならない」
作中に登場する、この言葉は成長していくためになくてはならないものなんでしょう。
最近の風潮としては逆の「癒し」が流行っているけれども。けれど「癒し」は傷を育てていった先にあるものなんではないかと思います。
成長は決して楽なものではなく、むしろ傷付いていく道なのかも知れません。
臨床家を目指す身としては「自分の傷と真正面から向き合うよりは、似たような他人の傷を品評する方が遥かに楽だもんな」という言葉を噛み締めていきたいと思います。

「真実なんて……。真実なんて……。一つじゃないんだ。幾つも幾つもあるんだ。幾つも。幾つも。幾つも。そんなもの、そんなもの、つきあってなんかいられない。」
「真実が、確実な一つのものでないということは、真実の価値を少しも損ないはしない。もし、真実が一つしかないとしたら、この世界が、こんなに変容することもないだろう。変容するこの世界の中で、わしらはただわしらの仕事をもくもくと続けるだけじゃ。それがわしらの『職』なのだから。変容する世界に文句をつけるより、その世界で生きることをわしらは選ぶよ。」
ちょっと長く引用してしまったけれど、この会話はやはり一つの真実を言い当てていて、とても価値ある会話だと思います。
真実なんて一つじゃないし、確かなものなんて一つもないけれども、それでもやはり生きなきゃならない。
当然といえば当然ですが、その当然であることが一番大切だと感じます。

以前読んだときよりもかなり印象が強く残っているんですが、それは私が少しでも傷を育てて成長できたからでしょうか?
そうだといいな。
どうでもいいけど、解説は河合隼雄が書いています。
彼の容体はどうなったのでしょう…心配です。
posted by hiro at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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