2006年10月25日

トランスパーソナル心理学

少し前にトランスパーソナル心理療法という雑誌(現代のエスプリ)を読み終えました。トランスパーソナルという言葉にちょっと構えていたのですけど、小此木啓吾、河合隼雄、松木邦裕etc.の著名人も論を寄せていることもあって購入。ちなみにトランスパーソナルのトランスはtrans超えるであって、trance忘我的な恍惚、トランス状態ではないらしい。個人を超える心理学というところか。

本書によるとトランスパーソナル心理学の特徴は、人間存在を全体的存在としてスピリチュアルな側面を重視すること、古今東西の霊的な伝統を重要な資源とすること、神秘体験などのトランスパーソナルな体験の価値を認めていくこと、である。さらにトランスパーソナル心理療法と言うと、トランスパーソナル系のアプローチの総称、個を超えた体験を扱う心理療法、トランスパーソナルな観点を大切にする心理療法となるらしい。
しかし、個を超えた体験を扱う心理療法、トランスパーソナルな観点を大切にする心理療法となると、ほとんど深層心理学系の心理療法は当てはまるのではないか(本書でも暗黙裏に認められてきたとある)。アプローチとなると技法論になるので本当に別物だけれど。
そういう意味では昔から行われている心理療法とあまり変わりはないかもしれない。おそらく、その価値はわざわざそのような視点を打ち立てたところにあるのだろう。読んでいるとなんだかトランスパーソナルといっても結局は転移や投影同一化、世代間伝達などの概念でまとめられそうだけれど。この辺りは体験をどのように言語化、概念化するかにかかってきていると思います。共通のものを見ているけれどあてている言語が異なる感じ。
その意味でトランスパーソナル心理療法の危ういところは概念化するときに既存の宗教の単語を用いやすいところでしょうか。おそらく霊的な伝統を重要な資源とすることから始まっているとは思いますが、既存の宗教の単語を用いるところは、心理療法を宗教化する恐れもあるのであまり好ましくありません。もちろんかつての宗教に心理療法的側面があったことは当然ですが、心理療法が心理療法としてあるためには宗教的、ドグマ的になってはいけないと思います。心理療法は経験科学の枠の中に入るので、たとえケースというこの世にただ一つしかない特殊な事例を扱っていても幅広い検証は怠ることはできません。そうすることでケースを少しでも一般化できる訳ですから(と言われるけれど、ここのあたりは本当かどうか疑問)。
もちろん河合隼雄がよく言うスピリチュアル、宗教的な面は心理療法にあると思いますが、既存の宗教の用語を当てるのがよくないと思います。ただ、常に新しい言語を創造していくと現象の数に対して心理療法の流派の数があまりに多くなると思いますが。この点をどのように解消していくかは今後の心理療法の統合という課題でしょう。

今回読んでいて驚いたことは最早期にトランスパーソナル心理学を言い出したのはユング派の分析家で、かつて日本でトランスパーソナル心理学会が開かれたときに河合隼雄が奔走していたらしいこと。トランスパーソナル心理学は決して遠いところにあるものではないらしい。
posted by hiro at 23:46| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宗教がや教義か嫌いなんですね。そういったところはよくわかりました。
Posted by とらわれ at 2006年11月01日 00:33
>とらわれ
はじめまして、とらわれさん。読んで&コメントをつけて頂きありがとうございます。

私は宗教や教義が特別嫌いなわけでもないです。
宗教で実際に救われている人もいらっしゃるでしょうし、宗教にしかできないことも多いと思います。
ただ、私は臨床心理学を志していて臨床心理学が学問としてあるなら実践と検証は欠かすことができないと考えています。
その臨床心理学の世界に下手に宗教的なものを取り入れてしまうと検証ができなくなってしまうのではないかということを危惧しています。
宗教は信じることが中心で疑問を差し挟むことができにくいものだと(個人的に)思っていますので。
もちろん心理学においてもともと検証ができるのかという疑問は残りますが。
私の宗教観も入っていてなおかつ言葉足らずだったかもしれませんね。
Posted by ひろただ at 2006年11月03日 00:14
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