2007年01月14日

パッチ・アダムスと夢の病院

パッチ・アダムスと夢の病院?患者のための真実の医療を探し求めて


読みました。恥ずかしながら最近までパッチ・アダムスがどんな人なのか知りませんでした。ふとしたことで興味を覚えたので読んでみました。本の一部が映画化されているようですが、この本の方がパッチの思いが深く表されていると思います。
内容は、パッチの半自伝(映画化された部分)とパッチの医療・医者観、人生観そして建設中の病院について。印象的だったのは医療・医者観と人生観。今の医療はビジネス化してしまっていて当初のサービスの精神を忘れている、医者は患者のことを知ろうとせずに病気のみを知ろうとし人として交流しようとしない、医者は友人として接するべきであり、人生を健康に過ごすには楽しみや愛情友情が不可欠だということ。とても共感します。私は病気は病気として存在するけれどもあくまで患者という人物に属し、その人生から派生するものだと思うので病気を治すためならばその人を知ることが重要だと思います(心理療法的には治療者がどこまで親しくなっていいのかは考えるべきところでしょうが)。そして健康になる過程で人生の楽しみや愛情友情を知ることはやはり必要でしょう。書いてあることはもしかしたら当たり前のこと、ただその当たり前のことを実際に実現しようとするパッチの情熱に打たれます。またパッチの医療者観はかつての医療者シャーマンに通じるものがあると思います。
私は人を楽しくさせたいとは思うけれども、どのようにしたら人が楽しんでくれるのかわからず途方に暮れます。おそらく自分を捨てきれないという部分があるので。ひとまず少しずつ周囲の人を笑わせることから始めようかな…。

ここから先は医療観について。さて、パッチの医療観はすばらしいものですが、私はパッチが考える共同体をどこまで広げられるか、人にどこまで人生のすばらしさを伝えられるかというところが問題だと思います。私が思うにパッチの共同体の考えを広げればやはり現在の国民皆保険制度を改めることがbestだと思います(パッチは国民皆保険制度を批判しているけれども)。
社会に属する人々が少しずつお金を負担して病んでいる人の医療費を援助し、医療者に報酬を与える。貨幣を介することが悪いように考えられもしますが、様々な社会貢献を交換可能にする点で貨幣は欠くことが出来ないと思います。そうでなければ、医療を受ける人は実際に医療者を援助する貢献をしなければなりません(例えば衣食住を提供すること、パッチの共同体では患者と医療者が一緒に食物を作ることなどをする)。しかしそれぞれの人がそれぞれの形で社会貢献して、それを貨幣という形で保険料として集め医療者に提供すれば、それぞれが自由に社会活動が出来ます。もちろん社会貢献をして保険料を提供してもらうためには失業者を限りなく減らさなければなりません。
また医療者にサービスの精神は必要ですが、実際に生活するのにお金は必要です。問題は取りすぎないようにすること。謙虚に見合った報酬だけをもらえばいいのです。そして余計な検査や投薬、治療法はせず、あらゆる治療法の中でbestな治療法を行うこと。そうすれば医療費も高騰しません。そして患者さんは自分と同じ人間であり、楽しく交流し、学ばせてもらっているという精神を忘れないことが最も重要だと思います。
そして患者さんの方で重要なのは予防を心がけること。保険制度だともし病気になってもあまりお金をかけずとも済むのであまり意識しないけれども、必要以上に多く病院にかかることが保険制度を立ち行かなくさせるので、予防をして健康に過ごすこと。そうすれば少子高齢化社会になっても最大限医療費の伸びを抑えることができます。また病院に必要以上にかかる人が少なくなれば、本当に必要な人だけが病院に来ることになるので、医療者は一人一人の人と丁寧に時間をかけて向き合うことができます。今3分診療とも言われますが、一日にくる患者さんをすべて診ようとすれば仕方のないことなのです。医療者が忙殺され余裕がなくなるのは患者さんが多いためでもあります。また健康になる過程で人生を楽しむことを忘れないこと(パッチの共同体では芸術・演劇・音楽などに触れる機会を多く設けるそうです)。もちろん予防し健康になるためには医療者が情報を提供することが重要です。
そして病院が地域の中にとけ込み、患者として将来訪れる人と健康な時から交流を持とうとすること。そうすれば診察室の中の一時的な交流だけではないために、より親密に接することができます。その意味では地域の開業医の人々は普段から患者と接していてその最前線に立つことが出来ます。しかし、親密さが馴れ合いとなってしまっては駄目で医療者は常に最善の治療をしなければいけません(馴れ合いのために昔の知識をもとに治療をしている医療者は数多くいます、そしてそのことに対して患者は文句を言うことがはばかられてしまっています)。
やはり問題となるのは医療者のサービス精神・治療への意欲の問題と、人々の予防と健康に対する意識でしょう。この問題を解決するためには社会変革と言ってもいいほどの動きが必要ですから。最近医師の偏在の問題が出ていますがあの問題は医師が自分の人生を医療活動以外で楽しみたいためであり、サービスを喜びにできないためであると思います。この問題を解決するためには医療者に対してある種の制約を設けなければならなくなります(暴論ですが私は医師を全て公務員化すれば偏在はなくなると思います、つまり配置を指定してしまう、それでも医師になりたい人だけが医師になればいいと思います)。人々の予防と健康も長時間労働させられるような現場ではしたくともできません。企業自体がその体制を改めなければ無理で、そのためには国際競争に負けるという考えももっと柔軟に考えなければいけません。そして国家自体が成長第一という考えからも解放される必要があります。足るを知るという考えにならなければなりません。さらに国家規模ではなく世界規模に広げなければなりません。
しかし、人間の欲望に限りはないのでこのような世界に近づくことは非現実的と思います(ちなみに受験の時に上記の一部を試験管に言ったら「若いから理想を語れるよね」と言われました)。ただパッチが言うように、パッチの共同体はこのような世界のモデルとなるかもしれません。パッチの情熱が実り、人が健康に幸せに生きることができるようになればとてもすばらしいことだろうと思います。
posted by hiro at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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