2007年03月08日

精神科治療の覚書

いわずと知れた精神科臨床の名著。

 

精神科治療の覚書

精神科と銘打つだけあって扱われる疾患は統合失調症がメインである。今ではもう当然とも言われるのかもしれないこの疾患の全体像、特に経過を明らかにしようと努めている。

優れていると思わせる点は、経過に伴う生理的変化、心理的変化、家族の変化などを合わせて複眼的に経過を論じている点であると思う。生理的変化は医学の中でもっとも重要であると考えられるが、おそらく統合失調症の多彩な精神的症状に囚われるために生理的変化を経過とともに観察することは軽視されていたのではないか。また心理的変化は汲み取られやすいとしても家族の変化と連動して変化するとなると、その相互作用を観察することはなかなかなかったのではないか。本書の家族との力動をつぶさに観察している記述を読むと、著者はわざわざ家族心理学と標榜しなくとも、むしろ軽々しい家族心理学よりも深く家族を見ていると思わされる。

また経過の中でも本書は急性状態をもっとも取り上げて論じている。おそらく多くの患者が急性状態で病院に現れ治療の開始は急性状態を扱うことのためである。そしてこの治療の開始が治療の成功の鍵をかなり握っていると著者は説く。そのため急性状態からの経過や治療の開始における合意をとること、入院あるいは外来で開始するかなどについて詳しく書かれている。初回面接の重要性はあらゆる治療者が述べることだが、著者もその例に漏れず合意を取ることの重要性、さらに広げて治療開始から一週間くらいの重要性を述べている。

治療に際し著者は治療者と患者と家族の呼吸合わせがうまくいかねば治療がうまくいかないと説く。この3者はそれぞれの考えをもちそれぞれに行動する。特に患者と家族は焦りがちである。しかし患者は急性精神病という大仕事を終えた後であり消耗しているため必要なのは休息である。その後の治療も大仕事であり、決して焦りは禁物である。そのため治療者は患者と家族に休息をとらせるため、ゆとりをもたせるためのコーディネーターであると著者は書く。そのためには治療者自身がゆとりをもたなければならない、決して怠けではなく。おそらくこの部分にだけでも治療の真髄が収まっているのではないだろうか。

本書では何度も結核と統合失調症の比較や症状の経過観察の重要性がとりあげられるが、著者が自身法学部時代に結核を患いその後医者になった最初に病理学の研究を行った影響が強いだろう。困ったときはグラフにプロットしてみよ、と説くあたり研究者であったことを印象付ける。私はここに著者の強みがあるのではないかと思う。特に精神医学は精神論や哲学的思考に流されがちな面があるが、その重要性を否定せずに同時に研究者としての理性的、論理的な面を持ちうるために著者はここまで精神科医として名医になったのではないか。精神科医で名医とされる人ほど、論理的な面を身に付けるための訓練を重視していると私は思うが、ただ単に精神論を振り回す者は治療者として大成しないのではないか。

思いついたことをつらつらと書いたが、これだけで本書の優れた点を書ききれるはずもない。医者が書いているため臨床心理学的思考ではなく医学的思考で書かれている箇所が多くあるが、一度読めば本書の名著とされる理由はすぐに理解されると思う。

posted by hiro at 02:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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