2007年03月31日

Learning from Life: Becoming a Psychoanalyst

デザインがきれい。

Learning from Life: Becoming a Psychoanalyst


松木先生などが訳出されているケースメントの最新の著作。訳出されるのにまだ時間がかかるだろうと思い原著を読む。著者が分析家となる前にかなり病んでいたこと(精神病院への入院含め)に驚き、最初の著作患者から学ぶ?ウィニコットとビオンの臨床応用
が当時異端のように受け入れられたことにも驚く。また著者はもう臨床家としては引退していたこともショック。
タイトルにあるように著者自身の人生を描きさらにそのイニシャルケースを提出しながら著者がどのようなことを学んだかを示している。著者は精神分析家になる前にソーシャルワーカーとして働いていたので本書にはその時の事例も数多く例示されている。しかし全ての事例に共通している著者の姿勢は、クライエントの流れに真摯についていくもので、援助者が自分の考えをぶしつけに押し付けることを除こうとするものである。
いくつか印象的な章をあげてみよう。Learning to say 'No'からは援助者が制限を設けることの重要性が述べられている。時に援助者はクライエントがかつて体験できなかったような良い人であろうとするが、それが必ずしも良いとは限らない。あくまで制限の中で援助は行わなければならないとする。制限はともすれば自分自身に限界を設定するのでその範囲内に留まることは成長を促さないだろうが、限界を必ず超えることが出来ると考えるのは理想的すぎるだろう。
Hate and containmentでは人がどのように嫌悪をコントロールできるようになるかが述べられている。最早期に他の人が表現されている嫌悪に耐えられるものとして接しなければ、実際に嫌悪を体験している人はその感情に耐えられなくなり、耐えられる存在が現れることを望みながら嫌悪をまき散らすか、自分自身で嫌悪をコントロールしようとその感情自体を体験しようとしなくなるとし、特に後者から回復する過程を例示している。
internal supervision in process:a case presentationではクライエントが援助者の行為をどのように体験するかということをクライエントの身において理解しようとする過程が描かれている。本当の意味でクライエントの身になって理解することは不可能であり、様々な可能性を想定できるのみである。本章は著者のワークショップを収めた体裁になっており著者から講義を受けているようである。
全体を通して印象的な言葉は'Who is putting what into this space?'である。著者はセラピー中にこの言葉を浮かべるが、ここに著者の姿勢が表されていると言えるだろう。

読み終えて英語の力が落ちていることを実感。また洋書を読むことの意義も痛感。
posted by hiro at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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