2007年04月01日

結婚の深層

ユング派の書物。

結婚の深層


結婚について書かれたものであるが、特徴的な点は結婚とは幸福を求めるものではなく、むしろ救済を求めるものであり、個性化への1つの道であるとしていることである。近年において物質的・精神的幸福は結婚以外でも満たすことは可能であり、結婚で満たそうとする方が問題を生みやすいとする。反対に人が人格的に発達し個性化をはたすために結婚は有効なのであるとする。
個性化は今まで顧みられてこなかった自身の一面と対決することであり、結婚によって配偶者および自身の一面と対決をし続けなければならない。それは時に犠牲を要するものであり、自分自身の要求を満たそうとすることをあきらめなければならない場面も訪れる。
また性についても語られており、性も個性化への1つの道であるとする。特に、個性化の過程には様々な道が存在するので、様々な性的倒錯の空想はその点で個性化に適しているとされる。結婚において性には正常も異常もなくなり、性的倒錯の空想を通すことでまた個性化に至るとする。
結婚は選択されるものなので決断的個性化であり、性は自ずと通る道なので本能的個性化と区別される。しかし、個性化の道はけっしてこの2種類だけではなくより多様に存在する。そのため、特に幸福を結婚に求める必要がなくなった今では、個性化の道として結婚を選ぶことは必ずしもよいとはいえない。結婚以外の個性化の道も多様にあるので、むしろ今後結婚を選ぶ人々の数が減ることがよいのではないかと著者は述べている。

個人的にはこれはユング派から述べた結婚論であり、これが正しいとは思わず、このような見方もあるのかという感想である。臨床例は2、3例しかあげられておらずけっして臨床的ではない。あえて言えば、ユング派の本書のような文化や社会にまで深層心理をひろげていく傾向は苦手である。本書は救済という単語を使っていることからも宗教的特色も強い。
著者は調べたところによるとユング派の中でも元型派に近い人物で本書でも様々な元型があげられている。しかし、元型は集合的無意識深くに属しそこから表象として滲み出るようなものだと理解しているが、数多く元型があげられるとそれはむしろ元型ではなく普通の個性差のように考えられる。そのため著者のように数多くの元型をあげることがよいとはあまり思わない。むしろもっと少数精鋭であった方がいいのではないだろうか。

ユング派には元型派と発達派に大別されるらしいが、詳しくその中身については知らない。より理解が必要だと思うが、神話や民話に多くの根拠を求めようとする姿勢はあまり私には合わないなぁ。
posted by hiro at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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