2007年04月17日

私説 対象関係論的心理療法入門ー精神分析的アプローチのすすめ

私が一番好きな臨床家かもしれない。

私説 対象関係論的心理療法入門?精神分析的アプローチのすすめ


著者が専門とする対象関係論的心理療法を実際に始めるために留意すべきこと、始めた後に注意する点が面接過程にそって取り上げられている。対象関係論を学ぶ?クライン派精神分析入門
分析空間での出会い?逆転移から転移へ
などの理論的といえる書を出している著者が技法的な書を出すのは始めてではないか。いくつかこのような技法書類を読んだことはあるが、もっとも丁寧に面接過程で起こりうる問題を描き出しているように感じる。
例えば第一章は面接を行うこととなる面接室(分析空間)をどのようにセッティングするかということに当てられている。面接室のセッティングは面接過程が実際に進む場でありとても重要だが、留意することをことこまかに書いてある。また第十章では面接過程で起こりうることごととそれに対して考えるべきことが列挙されている。結局は分析空間に持ち込まれるすべての物事をクライエントとの関係性に還元して考えるべきことが書かれているが、実際に持ち込まれた時に冷静に瞬時に考え対応することができるだろうか。しかし本章を読んでおくことで多少なりとも心構えを準備しておけると思う。さらに第二章は見立てに関してどのような視点で相手のパーソナリティーを読むかということが書かれているが、この章がもっとも充実している章ではないだろうか。著者は心理臨床の方は見立ての大切さを十分認識していないのではないだろうかという思いから充実させたと述べているが、見合うものになっていると思うし今後パーソナリティーの勉強をするにあたってもこの視点を心に留めておくことは思考の土台になると思われる。
本書では面接過程でどのようなことに注意をすべきかということを主体に書かれているため実際の臨床例の小文はほとんど載っていない。そのためその注意をした上でどのようなことが思いつかれるのだろうかという具体性を知るためには臨床例が載っている書を読む必要がある。その点では本書は例えて言えば道具の使い方についての本である。理論書は道具についての本であり、臨床例はその道具を実際に使って作った作品やその過程を描いたレシピである。そして実際に面接を行えば、その作品を形作る材料を提供してくれるのは目の前のクライエントであり似たような道具(同じ理論)を使ってもその作品は治療者とクライエントが共同に作るただ1つの作品となるだろう。
終章は終結について書かれており分離に際しての心が書かれているが、読み終えた時に私は本書を机に置きがたくさせられる。それは本書との分離であり、読むことを通して面接過程に参加していたのかもしれない。追記して書くが、私が著者を好む理由はその姿勢にあるのだろうと思う。著者は精神分析的生き方について「自分自身と他者に同じように誠実であろうとすることであり、事実に誠実であろうとすること」と書く。また「この仕事(私は心理臨床の仕事全般にもあてはまると思うのですが)は、厳しい仕事なのです。そして酬いが期待しがたいバッド・ジョブ(ビオン)なのです。それでもやろうという人がやる仕事なのです。こうした在り方ができない人は、いさぎよく治療者であることを辞めるべきだと私は思います」
「私たちが誰かのこころに援助したいと真剣に思うのなら、私たちの理解と技量はこれぐらいでいいんだとの安易さや簡便さは望まれるべきではありません。またこころを私利や欲望から安易に扱うのは罪悪です。大いなる努力や没頭、禁欲、根気、ときとして犠牲が必要であるとしても、こころのもっとも深いところに出会い、働きかけられるものを真摯に学ぼうとしてもよいではありませんか。」
と書く。例え精神分析的ではなくても、心理臨床にのぞむものが持つべき姿勢であると思う。私自身どこまで誠実にあろうとしているのかはわからないが、これだけの心構えをもって挑んでいきたいと思う。
posted by hiro at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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