2007年02月25日

精神科臨床での日常的冒険

本当に更新が多いですね。

精神科臨床での日常的冒険?限られた風景の中で


かつてのロールシャッハの授業の課題の本。内容は院内誌に書かれたものが元になっていることもあり、エッセイ形式になっている。患者さんとの交流、家族との応対、ナースなどのスタッフとの協同などから思いついたことや夢想したことが書き留められている。
精神科医としての経験に基づいて書かれているため、もしかしたらある域に達した精神科医ならば当たり前のことばかりかもしれない。だが私はなぜか何度も読み返したくなってしまう。おそらくそれは臨床現場に理想や憧れを抱いてしまう時に、やさしくも冷静に実際の精神科での一般的な臨床(外来・入院含む)を突きつけてくれるからであると思う。登場する者も主に統合失調症の人たちとその家族である。寛解に至る例は少なく、回復と再発を繰り返す経過や悲しくも自殺してしまう例が多い。心理療法の場面はまったく描かれていない。
私は心理療法を指向しているけれども、現実になるのはまず第一に精神科医であり本書に描かれているような患者さんを相手にし治療をしていくのだろう。そしてそれが一般的な精神科医の姿なのだろう。まず私が学んでいかなければならないことが描かれているために身が引き締まる思いになる。さらに著者のような精神科医になりたいと私は願う。それは例え外来診療という10〜15分という短い交流でも患者と心を通わしている治療者が描かれているからである。けっしてそれは狭義の意味での心理療法とは異なるかもしれないが、まぎれもない心理療法であり患者の治療に一定の効果を与えているだろう。氏原寛はある書物の中で一般的な臨床心理士と一般的な精神科医の心理療法の力量は後者の方が依然として優れていると書いた。それはこのような経験を数多く積んでいくためだと思われる。また最近、初診の重要性を強く認識しているが第2部ではさまざまな初診の例とそのとき心得ておくことが述べられているので役に立つ。
精神科医として臨床に関わらない人にとっては、精神科医の実際的な臨床がどのようであるかを知ることが出来る。心理臨床の現場に出ればほぼ必ず精神科医との関わりがあるだろう。薬物も治療に必要とあらば精神科医に紹介しなければならない。そのとき精神科医の実際の臨床を知っていることは意思疎通に役立つに違いない。もちろん著者は精神分析的訓練を経ているため精神分析に基づく精神科の実践であり、他の学派の精神科医の実践とは多少異なるかもしれないけれども。けれども学派によらず患者の心理を理解することに努める精神科医なら同じような思いを抱くのではないだろうか。薬物だけに頼る精神科医は別として。
posted by hiro at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

統合失調症の遺伝子

まずはニュースを読んでください。

こういうニュースに関して前に友人と話したことがあるんですが、マウスの「統合失調症に似た行動異常」ってどんなものなのでしょう?まさかマウスに対して「他のマウスから責められているような鳴き声が聞こえますか?」とか「他のマウスから迫害されていると思いますか?」とか「誇大妄想」や「迫害妄想」の有無を聞く訳にはいかないでしょう。反応が遅くなったり、動作がまったくなくなったりするんでしょうか?
しかし、統合失調症の発症に関与しているとはいえ、おそらくこのカルシニューリンだけではなく他の異常と組み合わさって発症するんでしょう。そこのあたりは癌の発祥の経緯と同じでしょう。それでも1つわかれば治療薬を作れます。その点は今後期待できるかも。
ひとまず誰かどんなマウスなのか知っていたら教えてください。
posted by hiro at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寝れないのでいろいろと更新している

その前に24時間くらい寝ていたのは秘密です。

なんだかんだいって結局、春休みの半分くらいが終わりかけていて、その大半をぐうたらに過ごしています。毎回の風景とはいえ、なんとももったいない。そうこうしている中にもう新学期が始まってしまうのでしょう。
それでも先週はわりと活動的でした。ヨーロッパ旅行から帰ってきた友人宅でチーズとワインを前に朝まで飲み語りました。4人で4本半とビール数缶を空けたので1人頭で換算するとけっこうな量を飲みました(しかも2人はけっこう早めに寝ていた)。その次の日は実習グループで一緒だった友人と飲んで恋愛相談を受けていました。恋人の男女双方を知っているためにどちらも悪く言えないし思えないです。おそらくよい悪いではなく価値観の相違なんでしょう。お互い他人から付き合い始めるのだからその相違をすり合わせていって中間点で同じような価値観を作り上げるのがよいと思います。どちらかの価値観に重点が置かれているとしてもお互いが満足ならそれが2人の関係のあり方で、要は1つの価値観を作り上げることが重要。その次の日は下に書いた試写会に行き、その次の日は前の大学の友人に会っていました。
ちょうど院試の合格発表の日でして、会った友人たちは受かっていました。その他の友人たちの話も聞きました。受かっていた人にはこの場でなんですが、おめでとうという言葉をかけたい。私には想像もつきませんが、卒論をやりつつ受験勉強をするというのは大変なことだったと思います。また他の友人たちの進路が決定する中、落ちたら進路が決まらないというのもそうとうなプレッシャーだったでしょう。また今年度は志望者も多く倍率が高く、なんといっても4年ともに学んだ学友と席を争うというのは苦しいことだったんではないでしょうか。それらを踏まえながら乗り越えた人にはおめでとう、頑張ったねという言葉しか浮かばない。
さらに友人にも今回残念な結果だった人もいるわけですが、やはりまずは頑張ったねという言葉をかけたい。先にあげた苦労やプレッシャーは受かった人と同じくあったことでしょう。最後の結果だけ違ったとはいえそれまでの過程は同じかそれ以上のものであり、それを乗り越えてきたことに頭を下げます。もう一度受験するにしろ、他の道を選ぶにしろ今回の経験はきっと糧になることでしょう。ひとまずゆっくり休んで、またこれから先の道を歩んでください。応援しています。
私も医学部に進んでいなかったら同じように院試の勉強をしていたと思いますが、卒論と院試をやっていないだけに、これらをやってのけたみんなに尊敬の念を覚えます。実際にやっていたら私は卒論を書ききれたのだろうか、院試の勉強をやりきれたのだろうか、受かることなぞできたのだろうかと思ってしまいます。どちらにしろみんなの話を聞くとちょっと羨ましくも思います。医学部の勉強より興味を覚えるし、なんといってもこの一年の間に置いていかれているような気がしてしまうわけです。体もおもしろいけどやっぱり心の方がおもしろい。あぁ心理学を、特に一般的正統的な心理学をもっと勉強したい欲求にかられます。普段自主勉しているのは深層心理学、臨床心理学、精神分析と偏っているので。社会心理とか認知心理とか生理心理とか今勉強した方が絶対おもしろいと思えそう。
posted by hiro at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精神療法と精神分析

F先生が土居先生の著作の中で最もよいと言った著作。

精神療法と精神分析


最初に読んだのは一昨年の夏で、その時はなぜ本書が最もよいとまで言わしめたのかはよくわからなかった。しかし、今回再読してそこまで言わしめた意味が少しわかったように感じられた。
内容は3部構成となっており、精神療法の構造、精神療法の過程、精神療法をめぐる諸問題と題されている。精神療法の構造は現在では通常心しておくべきとされることが書かれている。特徴的な部分は精神療法それぞれの学派には治療の方針と目的がそれぞれに存在し、それにもとづいて各学派を説明している部分だろう。精神療法をめぐる諸問題ではエッセイ風に書かれてはいるが、おそらく全編を通して精神分析が含む価値の問題について書かれていると思われる。精神分析は実際の臨床から生まれでたもので治療であるとはいえ、理想とする価値や人間像があり、そのことをどのように捉えるかが著者なりに書かれている。
本書で読む価値が最もあるのは精神療法の過程だろう。精神療法の開始から終了まで順を追って説明し、短い症例の実例も合わせてのせている。ただこれだけならばよくある書物の一冊にすぎないかもしれないが、特によいと思われる点は2点で、1点は説明が抽象的ではなく実感的ということである。精神分析には転移や逆転移、抵抗などと概念が多くあり抽象的に説明されるが、著者は転移を感情の問題と読み替え治療状況における感情の交流に焦点を当てて説明している。また抵抗も転移の異なる側面としてやはり感情の問題とする。そのため全編を通して治療者と患者の感情の問題を描いていて、転移などの概念を知らなくても読みやすく、概念にとらわれずに治療の実感を感じ取ることが出来る。またある状況に対して治療者はこう応ずることがよいだろうと書かれている部分も著者の治療の実際をうかがわせる。転移の読み替えや甘えへの着目など日本語に即した治療実践や理論を構築しようとした著者の意気込みが感じられる。
2点目は実際の症例である。あげられている症例はけっして成功した症例ではない。むしろ多くの失敗を重ねながらも続けられた症例ばかりである。著者は自分の症例を客観的にみて、この時はこう応ずるべきであったと書きつつ、実際の失敗したとも言える展開を描いていく。著者のようにもはや大家と考えられる人物が失敗を率直に描くことはとてつもない勇気を必要とするのではないか。しかし、著者が大家とされる所以は失敗の後にそのことを吟味し立ち直って治療を続け終了にもっていける点にある。症例の部分だけを順を追って読むだけでも価値は計り知れない。続きを読む
posted by hiro at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デジャヴ

試写会に当たったので行ってきました。

デジャヴ

まだ公開前なのでネタバレしないように宣伝します。
ジャンル的にはSFサスペンス…なのかな。ストーリーはフェリー爆破事件をめぐるお話。事件を追う捜査官のダグ(デンゼル・ワシントン)はその切れる頭を見込まれて、最新の装置を使用する特別な捜査班に加わる。その最新の装置は4日と6時間前の映像を自由自在に見られるというもの。ダグは手がかりを握る殺された女性クレア(ポーラ・バットン)の過去を追うが、次第に彼女に好意を抱くようになり犯人を捕まえるだけでもなく彼女を救えた道をさぐるようになる。そして装置の真実を知ったダグは…。
正直、途中でだいたい展開は読めます。展開が読めるだけに展開ではないところで勝負すべき映画だと思いますが…びみょう。最新装置の部屋などはよく作られているなと思いますが、設定がなんかつじつまが合わない。やや強引な設定だと思う。人間関係もよく描かれているものではない。ダグがそこまでクレアに入れ込むわけもよくわからず。
SFサスペンスならやはりSFの設定をつめておくべき。しかし、突っ込みどころがけっこうある。特に最後の展開がちょっと予想とずれていて、そのずれが設定を完全に駄目にしてしまっていたと思う。最後の場面はわかりやすく、最も予想されるものにしていた方が設定のつじつまがあっていたと思う。
そんなわけで見所はデンゼル・ワシントンです。ダグの頭の切れっぷりがすばらしい。
posted by hiro at 05:08| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。