2006年11月29日

無意識の発見

無意識の発見 上 力動精神医学発達史
無意識の発見 下 力動精神医学発達史

ついに読み切りましたよ。無意識の発見。上下合わせて1100ページ以上の大著。2週間くらいかかった。しかし、読む価値は絶大。深層心理学方向の勉強をする上で読むことは欠かせないのでは?

内容は副題にある通り、力動精神医学発達史。未開の地のシャーマニズムなど、おそらく歴史に残る以前の医学の萌芽から始まり、ガスナー神父、動物磁気、催眠術、ジャネ、精神分析、アドラーとユングまでを時代&文化背景と照らし合わせて記述している。おそらくただ歴史の流れを追った医学史や各人の伝記などはそれぞれあるだろうけれども、本書の特色は各人が当時の時代精神や同時代人とどのように相互影響を与えながら発展していくかを述べているところではないだろうか。それに伴い、地理的な範囲も厖大に広がりまさに欧米すべてにまたがって書かれている。
本書を読むと、通俗の説と異なり、上記の偉人たちも時代精神の流れの中で必然とも言い得るような理論を確立させていったことを痛感する。例えばフロイトのリビドー論は各界から性的だという理由で大批判されたと言うけれども、むしろ当時はそのような性理論がヨーロッパ中に噴出していたことを知る。他の学者たちも時代が先んじていたところに出現している。また実はそのような理論はより先の時代に発見されていたことの再発見であることもわかる。その多くは動物磁気の時代から記述されていたことだった。

そのように考えると、本書が筆を止めた時点の後(第二次大戦後)の心理療法の発展もすべては時代精神が要請したものであり、おそらく先の時代にまた舞い戻るような発見が延々と繰り返されているのではないだろうかとも思える(生物学的精神医学は別として)。例えば最近よく言われるEBMとNBMはかつての啓蒙精神とロマン主義との対立と結局変わらないのだろう。その点では力動精神医学は弁証法的発展をみせられていないようである。
また現実に生きているとなかなか実感できないが、どうも9.11以後の世界と中東で起こっていることは第一次大戦と第二次大戦前の世界と近いのではないだろうかと本書を読んでいて感じてしまった。大戦前の時代に実際に身を置いていた訳ではないのでその感覚はわからないが、本書から受けた印象はどうも近似性がある。それなのに危機感を覚えないのは平和ぼけなのかもしれない。かつてのような恐ろしいことが起きなければよいけれども。今の北朝鮮は戦前の日本に近いようにも思うし。
結局、どのような分野においても歴史は繰り返すのかもしれない。例え歴史を学んだとしても。そうだとすると人間は進歩するのではなく、円環状に巡り歩いているのかもしれない。
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2006年11月26日

女の子らしさについての考察

先日、飲み会で女性らしさについてちょっぴり話題が出ました。軽くカルチャーショックを受けたので考察をしてみます。

まず何にカルチャーショックを受けたかと言えば、私は男性らしいという評価を受けました。これにまずカルチャーショック。以前友人のRさんに女の子みたいだよねと言われたこともあるほどに、自分はどちらかと言えば女性よりだと考えていました。例えば、小説でいえば江國香織、歌詞でいえばaiko、漫画でいえばハチクロなどにとてつもない感情移入を起こし、選ぶもののデザインも女性的なものの方が好みだったりします。(自分で冷静に書いていて外見に似合わないからキモイw)
で、何をもって私は男性らしいと言われたかといえば「好きな異性に対して癒しを求めること」という点です。そのとき居合わせた男性と女性からすれば、女性は「好きな異性に対して刺激や自分にないものを求める」らしいのです。そして癒しを求めるのは男性的だと言われたのです。正直に言えば、私はまったく逆だと思ってました。つまり男性は刺激や自分にないものを求め、女性は癒しを求めると思ってました。だからこそ、私は女の子、女性らしいのではないかと考えてました。続きを読む
posted by hiro at 16:22| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

やっと暇ができた

一週間ほど放置してました。

この前の週末サークルの先輩方の結婚式2次会に参加してきました。いやー、結婚っていいものですね。その一言につきる。会場では2人の出会いから結婚までを再現したVTRが流れたのですが、お2人が築いてきた関係や2人の間にだけある時間があるのだなぁと当然ながら思いました。その関係や時間が幸せで微笑ましくほこほこしました。笑いながらもベタに泣きそうになったのは秘密です(笑)今後ともどうぞ今までの関係の上にさらに築き上げた新しいより幸せな関係を作り上げて頂きたいです。
その会場では久しぶりに会う先輩方とも話せました。幾人かの先輩とはイベントごとに会っているような感じですが、本当に卒業以来会うような先輩方もいて。ちょっと昔に戻ったようでした。今後、先輩方に会うようになるのは結婚式などなのだなぁと実感。でも…じゃあ結婚式が終わった後に会うような機会ってあるんですかね?そう考えるとちょっと会えなくなることが寂しくも感じられます。人生にはつきものですけど。

最近の生活について。やっと「一週間も」テストがない暇な時間ができました。この前まで3、4日おきにでかいテストがあっておちおち遊んでもいられず。そう言っといて来週もまたテストがあるんですが。12月もさらにいろいろテストがあるんですが。そんなわけでちょっとゆっくりできる休日が本日だったのですが、90%ほど寝て過ごしました。非常にもったいない。しかし、休日に1人で外に遊びにいく気力もなかなか出ず。誰か私を遊びに連れ出してくださいw 気力と時間があったらエルミタージュ美術館展と映画クリムトを観に行きたいなぁ。クリムトはそろそろ終わる気配が漂ってきてますが…。結局ブラックダリアも見逃してしまった。
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2006年11月14日

就職願望

早く働きたくてたまらないです。

別に何かがそう考えるきっかけがあったわけではないですが。ただ毎週のようにあるテストに追われ、ひたすら単調に勉強をしていると早く働きたいと思ってしまう訳です。早くやりたいことをやりたいと。特に今やっている勉強が直接的に将来やりたいことにどう関係してくるかまだわからないのでなおさらです(精神科医に必要な身体的医学的知識はどのくらいなのでしょう?)。これがやりたいことに直結している勉強ならば楽しいのでしょうが。毎日とにかく暗記の日々です。考える作業がいらないということ自体ある種の苦行かもしれません。
もちろん社会人の先輩や院生の人を見ても仕事は楽しいだけではなく苦しさや悩みや辛さも数多くあるのだとは思います。それでも自分のやりたいことなら耐えられる気がするんですよね。もう高校の頃からかれこれ6年ほど恋い焦がれた職業ですし。実際なってみたら、もう止めたいと思うようになる可能性もあるかもしれませんが、でもやってみなきゃそれすらわからないわけで。
結局、早く学生を終えて現場で働きたい、現場に出てみたいというそれだけですね。早くても5年生になるまで後2年はかかりますね。先は長い。自分で選んだ道とはいえ、やりたいことを先延ばししてしまい時間がかかるのにはうんざりです。
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2006年11月12日

道草

道草


夏目漱石の晩年の小説です。高校生の頃に夏目漱石に夢中になった時期がありまして実家においてあったのですが、夏休みに本を大量に実家から持って来た中にあったので久しぶりに読み返してみました。

この小説は夏目漱石の私小説といえるものですが当時他にあった私小説とはちょっと毛並みが違うような感じがします。他の私小説が自分の過去や醜さを感傷的に描いているのに比べると、もっと冷徹な目で描いているように思います。自分をただの一人の人間として客観的に描こうとしている、そこに批判を加えようとしているという印象を受けます。
この小説の主題は夫婦関係らしいですが、お互いに歩み寄ることを知らない夫婦が描かれています。明治という時代を背景とした西欧風と日本風の文化、考え方の混じり合いと葛藤があります。夏目漱石は英国に留学していたので他の人に比べても相当悩まされていたと思います。
けれども、それを差し引いてみても夏目漱石の当時の(一生を通してかもしれませんが)心身に病んでいる姿が描かれています。病んでいるというか捻くれていて頑固であるというか。困難を感じていたことは間違いないでしょう。漱石の気質は西欧に触れたからということだけではなく、本書に描かれているような幼少時の環境の影響も少なからずあると思います。養父母から必要以上に干渉を受けた主人公は自分を保つためにも頑固になり、周りと一線を画さざるを得なかったのかもしれません。

本書を読んでいるときに友人から夏目漱石のどこが好きかと問われ、その主人公の偏屈な性格、夫婦関係の微妙なすれ違い、夏目漱石自身が精神的に病んでいたことなどをあげたところ、病んでいる人が好きなのかと聞かれました。一瞬答えに窮してしまいましたが、おそらくそうなのでしょう。これから先病んでいる人々と付き合っていきたいと思っているのですから。それでもその瞬間に客観的になったところ、病んでいる人が好きだというのはやはり何か私自身も変な気がします。少なくともその友人にはちょっと変人に見えたことでしょう。
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2006年11月09日

あるヒステリー分析の断片

あるヒステリー分析の断片?ドーラの症例





明後日テストなのですが、現実逃避に書きます。
先日の勉強会にて読んだ本。分析会の大御所の先生に来て頂き実りのあるものでした。

フロイトの数少ない症例報告の中でもかなり初期のもので、フロイトの失敗の症例でもある。考察すべき点は多いと思うが、個人的に気になった悪い点と良い点を順に列挙。続きを読む
posted by hiro at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

幼児期と社会

幼児期と社会 1 (1)


読み終えました。近頃とんとないくらい購入から読了まで時間がかかりました。1、2合わせて2ヶ月ほどかかりましたかね。
著者はかの有名なエリクソン。彼の名前を知らなくともいわゆるアイデンティティ、自分って何?という概念を打ち立てた人と言えばへぇ〜となるのではないかと思います。厳密に言うと自分って何?というのはエリクソンのアイデンティティにはあまり含まれないのではないかと思うのですが。
以下思いついたことをつらつら書きます。続きを読む
posted by hiro at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月03日

心理学で得たもの

最近友人と話していて心理学で得たものは何かという話になりました。

とてつもなく当たり前のことですが「人の心はわからないということがわかったこと」と答えました。おそらく心理学に触れていなくても得ている人も多いでしょうし、何を今更と言われるかもしれません。
しかし、考え直してみるとこの得たものは重要なのではないかと思いました。時に人はわからないものを遠ざけようとします。自分とは別の世界にあるものだとして。そのときに付随する感情は恐怖や嫌悪、異質感、混乱というものだと思います。
それに比べて心理学を学んだことによって、わからない人や感情、心に接するときに確かにわからなさはあるけれども、決して自分とは異なったものではなく自分との連続性を持つものだと考えられるようになったと思います。わからないなりに理解をしようと努力をする姿勢が身に付いたとも言えるかもしれません。たとえどんなに汚く残酷で悪質なものであったとしても。
そう考えると以前先生がとんでもない殺人事件とかが起きた後のテレビのコメンテーターが理解できませんね、信じられませんねと言うことに対して、万人が同じような心理を持っていると語っていたことが思い出されます。人の考えていることはわかりませんが、そのような姿勢を持っている人は実は少ないのかもしれませんね。
posted by hiro at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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