2006年02月19日

つらつら

久しぶりに書きます。

2月になってからの出来事を書きます。てのひらでの打ち上げがありました。その打ち上げの後、SとSさんとなかなか濃い時間を過ごしました。うちに泊まりにきたりもしてめったにないことでおもしろかったです。
次に風邪を引きました。なかなかひどい風邪で困りました。微熱がずっと続くタイプの風邪でほぼ初めてかかったタイプでした。そのせいで飲みを一つキャンセルしました。もったいなかった。
後、ゼミで打ち上げ兼送別会を開いてもらいました。食事や飲み物がおいしかったこともありますが、花束&色紙をもらってしまい、感動とともに困惑をしました。うれしかったのだけれどうれしさを率直に伝えられなかったような気がします。ちょっと言葉に詰まるほどの出来事でした。企画してくれたAに多謝。みなさん、ありがとうございました。
実習先で打ち上げがあった。みんな、いろいろな大学から来ていて、カラーを味わえておもしろかった。そして心理士はいろいろなところでつながりを持っているのだな、と実感しました。とても狭い世界な気がします。別に大きくなければならないなんてことはなく、こじんまりと、少数の人が関わればいい世界だと思いますが。しかし、下手なことはできませんね。
今日は叔父叔母と合格祝いということで食事をしてきました。叔父と叔母は司法関係の職種についていて精神障害についていろいろと語っていた。司法関係の人は犯罪者の中の精神障害者しか知らないので犯罪をする精神障害者は多いと感じているらしい。一応統計の発表に乗っ取れば非常に少ないのだが。しかし、逆にかなりひどい犯罪者の精神障害者を一般の臨床医も知らないのでお互い仕方ないのかもしれない。専門性が別れているのだろう。しかし、一番気になったのは多重関係だった。現実の関係と転移の関係、そして解釈と共感について考えた。そういえば、自慢になるよ、と言われワインラベルをもらった。いいワインらしい。TOSCANA,TIGNANELLO,ANTINORI,2001。S氏のコメントを期待しよう(笑)
今日は院試の結果発表日でもあったようだ。落ちた人もいれば受かった人もいるだろう。自分も来年受けたかもしれない場所から、すでに合格している場所にいることをとても恵まれていると思う。しかし、合格しても落ちても人生は続き、臨床家になろうとする道も続く。これだけでほっとしたり、落ち込むことは少し違うと思う。ひととき感じるのは当然だけれども。真に他者の心に援助をしようとするならば、多くの犠牲を払い取り組んでいかなければならないという言葉を胸に秘める。
また、進む大学に精神分析の研究会らしきものがあるのを知る。学生でも参加可能らしい。自分のためにあるのではないかと思ってしまった。すぐに参加できるかどうかはわからないが、連絡をそのうちしようと思う。

最近日記が滞っているが、それは書くことの難しさと直結している。自分自身の生の考え、感情、感覚を言葉にして日々つかんでいきたいと思っている。しかし、まさに生き生きとそれらを感じる瞬間は他者との関わりの中に存在していると思う。それらを言葉にしようとすれば他者との関わりを言葉にせざるを得ない。しかし、臨床を志すものとして守秘義務に連想がいく。たとえ、義務が存在しなくとも、その関わりを無断で言語化し公開することに禁止の感情が働く。自分自身だけの中での動きならいいのだろうが、それはあまり生ではないと思う。そして、単に日々の出来事を書くことにも意味があるのかどうかを考えてしまう。それは決して考えられた言葉ではなく、ただ排出している言葉に過ぎないからだ。自分を他者に知ってもらうために。自分で抱えられないものを吐き出しているようにも思う。今日書いている行為もそうなのかもしれない。抱えられるものと抱えられないものの識別が求められる。もちろん抱えられる上で抑制や識別をしつつ、排出ではなく書くことは問題がないだろうが(排出と表現の問題が潜んでいるように感じる)、今の自分には関係の中で起こることや自分自身の中で起こることさえも識別ができない。
そういうことを考えると、なかなか日記が進まないのです。更新の頻度は少ないかもしれませんが、近況報告もかねて時々更新はしたいと思います。よろしくお願いします。またBBSが封鎖されたので、そのうちblogだけになるかもしれません。今のところ予定はないですけど。
posted by hiro at 00:51| Comment(8) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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