2004年02月02日

ジョゼと虎と魚たち

今日は久しぶりに雨が降りましたね。冷え込みました。けど、そんな時のはく白い息がけっこースキ。

今日は渋谷に行って、「ジョゼと虎と魚たち」を観ました。いい映画でした。面白かった。いわゆる恋愛ものなんだけど、奥が深い。いろいろ考えさせられる。時間があったら、また観に行きたい映画ですね。レビューは下に。

その後は新宿に用事があったので移動。用事の後にぷらぷら買い物して。タワレコとHMVをまわったのに欲しいCDがなかったのはショックでした。買えましたけど、その後。


ネタばれレビュー
ジョゼと虎と魚たちは普通の大学生の恒夫と足に障がいを持つ女性、ジョゼが出会って、恋して、愛して、別れる話。端的にまとめると。ただこれが淡々と、切ないほどに淡々と描かれる。最初の2人の思い出の写真のスライドが流れて、妻夫木のモノローグの辺りでなぜかすでに涙ぐみ。写真がきれいだったから。別れるのがすでにその時点で暗示される。この手法は上手いと思った。
普通の大学生と障がいを持つ女性の恋愛だと重いテーマになりそうだけど、あんまり重くは感じなかった。淡々と恋愛模様を描いていて、障がいに特別焦点が当たるという感じではなかった。もちろん重要な主題の1つなんだろうけど。そのおかげで、彼ら2人の恋愛はまるで健常者同士がする恋愛のように描かれる。同情とか哀れみだとかの感情はなく。その人自身にひかれる形で描かれる。この視点はいいなぁと思った。
ラストで2人は別れる。それを恒夫の方では「逃げた」と表す。これは何に対して逃げたのか?多くは障がい者の伴侶を持つことの苦労などに対して逃げている、というらしい。両親に会わせることから逃げたしね、直前で。けど、実は俺はあんまりそうは感じなかった。彼は「ジョゼ」という女性から逃げたように感じる。何いってるのか分からないかもしれないけど、「障がい」だけに特化して逃げたのではなく、障がいの他にもその気性の荒さやわがままさなどそうゆう風なものをひっくるめた「ジョゼという女性自身」から逃げたように感じた。だからこそこの映画ではラストで別れることに意味があるのだと思う。ここでは正に対等な関係で別れを選んだ2人がいるから。
それとは別にいくつか疑問が残り。まずラストで恒夫と香苗は恋人同士なのか?彼は軽いふうに描かれてたから、最初は付き合ってると思ったんだけど、ナレーションで「別れても友だちでいられる恋人もいれば、別れたら友だちでいられない恋人がいる」って流れる。これが香苗とジョゼの対比かなぁ?と思って、香苗は別れても友だちの女性なのかなと疑問に。
次にラストでなぜ恒夫は泣いたのか?ジョゼから逃げて香苗に移った自責の念というのが一般的な解釈らしい。けどそうなのかなぁ?自責の念を思うように別れたのだろうか、彼らは。そうすると恒夫はかなり深い傷を持って後を生きていくことになり、この映画は果てしなく重くなるような気がする。そうゆう風に感じないんだよなぁ。けど他の理由もなかなか思いつけない。
最後の疑問はなぜジョゼは別れることを予期していたのか?ラブホテルの中のセリフで将来別れることをすでに示唆している。けどなんで分かったんだろう?考えられるのは、もうその時期に香苗と怪しくなっているのに気づいていたというものですが。あとは、本を読んである種の達観を身に付けていた彼女は恋愛に別れはつきものだというふうに知っていたのか。うん、わからん。けど、このセリフがあるからこの話切ないんだよね。
最後に、池脇演技うまっ、って話。普通の大学生とジョゼの演技の難しさを比べたら、ジョゼがはるかに難しいですからね。最後のジョゼの顔が印象的。あそこでそれまでの顔から、何か成熟して自立した女性を思わせる顔になるんですよ。上手いと思った。
なんかいろいろ書いたけど、恋愛ものとしてとっても面白かった。ジョゼが強がってるけど、弱さもあるとことか。「おって。。。」とか言われてみたい(笑)なんかあったかい映画でした。



どうでもいいけど、関西弁の女の子ってかわいいよね。
posted by hiro at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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