2004年02月01日

ノルウェーの森と解夏(未遂)

今日は久しぶりに「ノルウェーの森」を読み返しました。読むたびに違うことを感じるのですが、今回感じたのは次のようなこと。
今まで読んだ時は主人公が一番俺に近いような気がして読んでましたが、今回はすべての登場人物が俺に近いようなことを感じました。それぞれの人物が俺のある一面を持っているような。人ってそうゆうものかもしれない。
あとは今までは緑に一番女性の人物の中で好感を持っていたのが、変わったということ。それは誰が一番ってゆうふうに変わったんじゃなく、どの人物も等価のように感じられるようになりました。これはどうしてなんでしょう?客観的に見ることができるようになったということか?
いつものことですが、読んでる途中何度も本を閉じて感慨にふけっていたので、読了するのに時間がかかりました。

「ノルウェーの森」を読み終わってうたた寝していたら、ゆーしからメールが。内容は「解夏」観に行こうぜ、ということ。ちょうど観たいとも思っていたので、新宿まで出ました。メンツはゆーし、こーすけ、みおり、俺。ただ、1日&日曜日ということでめっちゃこんでて、最終上映まで待たないと座れない。そんなわけで「解夏」は却下に。まぁまた何かの機会に観に行きます。
そんなわけでそこらへんをぶらぶらした後、急きょカラオケへ。いろいろ歌って。楽しかった。
こーすけが抜けた後、ロッテリア行ってだべってまったりした後解散。
春休みにいくつか遊びを企画しようという話になりました。企画たててくれれば&ヒマであれば、俺は行きます(笑)よろしく♪


俺はやっぱりひとを好きになっちゃいけないのかなぁ。。。
1年くらい前に結構真剣に考えたことを、ふと思い出した
ひとを好きになることは傷つけることと同義かもしれない
俺みたいなひとにとって
ほんとにそのひとを好きならそのひとを好きにならないようにする
近づき過ぎて傷つけないために
そして自分だけが果てしなく果てしなく。。。
あの時も「ノルウェーの森」を読んだあとだった気がする

最近身に付けた視点
ひとってみんな歪んでるなぁって思う
よくひとは「不完全」だから求めあうっていうけど
俺はなんか「歪んでる」っていう言葉の方があってると思う
それはまるでパズルのピースのようで
自分にあう歪み方をしたひとを求めて恋人になったり結婚したり
けれど互いの歪み方があってなかったら
無理矢理パズルのピースを組み合わせようとするように
ピースは曲がって互いに傷つく


「ノルウェーの森」はもう10回くらい読んでるなぁ。1年に2、3回は読み返すから。
冬に入れるコーヒーはなんでおいしいんだろう
posted by hiro at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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